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コミュ下手は「もっと雑に人に接する」方がいいんじゃないかい


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Twitterでフォローしている人が、コミュニケーションについて何個かツイートしていてとてもなるほどと思ったところがあったのでブログで書きたい。

 

最近、気使う・使わないっていう区分でいうと、気を使うほうは相手にコミュニケーションコストをめっちゃ支払ってる状態になるのではないかなあと思うことがありまして。

 

(無償で)細やかに気を使いすぎるというのは、結局1人あたりに対するコミュニケーションコストを支払いすぎで精神疲労するのでしんどいと。


一方、いわゆるリア充は1人あたりのコミュニケーションコストは低くて(雑で)、そのかわり手数・かかわる人数が多い、という見方があるようです。

コミュ下手は一人あたりの交友コストを高く支払いがち

参考にしていたツイートが削除されてしまったので記憶をもとに自分なりに話を再構築してみます。

 

まず「コミュ下手」、と言ってしまうとなんのことかわかりにくいので、本記事でのコミュ下手の定義づけとして「全ての人間を尊重して高い交流コストを支払うのでヘトヘトに疲れ切って孤立してしまう、交友関係が狭い人間」としましょう。これは実体験でもしばしばみられるパターンだと思いました。 

 

そして、コミュ充はコミュ下手との対照で「他人を必要以上に尊重しない & 適切なコストを支払われていたら満足する人間」だと言えます。

 

いいも悪いもリア充が雑、ってのはなんかわかる気がするんですよね(ウェーイ系に関するものすごーく大雑把なイメージ)。

 

ただ、雑な分、交流の手数が多い、関わる人の数が多いってのはありそうです。持ってるコミュニケーションエネルギーが大差ないとすると、1人あたりにどのくらいのエネルギーを割くかっていうことになるのではないかと思いました。

例外的に、豊臣秀吉のような「人たらし」はコミュニケーションエネルギーが人より多くて、1人あたりに支払える交友コストが多くなおかつ多人数と交友できていたのでは(晩年エネルギーが減って独裁的になるのもその反動かも)。

正しいコミュニケーションは交友コストの過払いなし、過剰受領なしの状態

上記の定義から、コミュ下手、コミュ充双方がフラットに比較的満足値が高い状態になるためには、コミュニケーションコストを過払いしない、過剰受領しない、ということなのかなと思いました。

 

コミュ下手は「他人を尊重しすぎる」結果、あれこれ忖度して膨大なコミュニケーションコストを消費し、消耗してしまいます。

 

「これ言ったら怒るかな」「これ伝えても大丈夫かな」という不安が自分の中で巨大化しているのかもしれません。これに対してコミュ充はとりあえず言ってみる、伝えてみるための精神的ハードルが低い。

 

ダメだったら「そっすか!さーせん!」とあっさり引き下がる。その分、行動量が多い。ダメだった場合の修正速度や次の手段を考えて実行する速度も速い。コミュ下手は必要以上に考えすぎるのかもしれない。

丁寧で2倍の能力を持っているコミュ下手より雑で能力普通のコミュ充を2人集めたほうが強い

社会とか会社組織では、当然ながらまあコミュ充のほうがわりと重宝される傾向にあります。能力が同じくらいだったら当然そうなりますし、能力差が2倍くらいであったとしても、その分コミュ充を集めた方が結果的に仕事が早かったり求める結果が出やすかったりすることもよくあります。

 

10人と密接な交友関係があるコミュ下手より雑に100人に接することができるコミュ充のほうが、ある意味社会的必要性が高い、のかもしれません。組織のリーダーや長になっていくにつれて割とそういう傾向があるとも言えそう。

 

なので、コミュニケーションが雑だから悪い、っていう話ではなく、仕事上、(ときにはたくさんの)人に対して厳しいことや矛盾していることをどんどん言わないといけない場面というのはあります。そういうときにコミュ下手で考えすぎてそれを言うハードルが高いと、やっぱりリーダーシップはとりにくいなと感じます。

 

特にリーダーは早い決断、判断と伝達が求められることもよくあるので、いちいちいちいち細かい個々人の特性を尊重していては回らない。 

親がコミュ下手で未熟だと子供も損する

コミュ充の親は親同士で繋がりが色々あって、遊びに行ったり家族ぐるみの付き合いがしやすい。実家との関係も良好だったり、実家も巻き込んであれこれイベントを作ったりする。

 

結果的に子どもにとっても良い刺激も多く、成長にとってプラスになりえる機会を多く増やすことができる。これも雑×手数の話です。

 

複数の家族で旅行に行く、ハイキングする、キャンプするっていうのはコミュ下手にとっては鬼ハードル高いですが、コミュ充はいともあっさりそれを実現することができる。

 

コミュ充とウェーイの境地がある意味マイルドヤンキーだったりするのかなと思いました。コミュニケーション力が高いと、子育ても集団でするような感覚に近いのかもしれない。今日はこの子預かるよ、明日は預かってね、と気軽に言えるというのは集団総力としては強い。親同士の情報交換も活発になりやすいしリアルだ。

 

一方コミュ下手の親はネットで情報を集めがち。まあそれはいいとして、親同士の情報交換の総量はやはりコミュ充には劣る。また子どもにとって、親に友達がいないとイベントごとが少なく仲良くなりにくい可能性がある。それは単純にかわいそうだなと思いますね。

 

振り返ってみると僕の親はわりとコミュ充なほうで、両親ともにそうなんだけど趣味のサークル活動なんかにけっこういそしんでいた。そういうのの集まりに連れていってもらって色々な大人に構ってもらったのは結果的に随分と面白かったことのように感じる。

コミュ下手は「失敗してもたいしたことない」と考えて繰り返しトライする

コミュ下手からの脱却に関しては、1回1回のコミュニケーションにダメージ受けすぎないように、気軽に考えることしか解決策はなさそうです。

 

人間、自分のためだけだと行動を変えるモチベーションは高まりにくいので、夫のため、妻のため、子どものためにと思えば少しずつできるんじゃないですかね。

 

まあ、コミュ下手にとっては、家でネットして、本読んで、ブログ書いて、映画見て、テレビ見てるのはものすごくラクですけどね~。僕もコミュニケーションはそれなりにエネルギー使ってるなーって自覚することがしばしばありますし。

 

一方、うちの母親はかなりコミュ充で、女友達と海外旅行に行ったり、平日の朝から健康目的の体操サークルに参加したり、近所のおばちゃんにおかずのおすそわけをしたり・されたりとなかなか日常のコミュニケーション手数が多い。この技法は学んだからと言って早々にできることもでもないような気がします。自分なりの「雑さ」を身に付けてトライしてみるのが良さそうです。

 

コミュニケーションについて考えるためのおすすめ書籍

伝え方が9割

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この本、大ヒットしましたが、それだけ「伝え方」について色んな課題を抱えている人が多いということなんでしょうね。伝え方を変えるだけでコミュニケーションコストは大幅削減可能です。 

話すチカラをつくる本 (知的生きかた文庫)

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あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)

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山田ズーニーさんの上記2冊は、文章や話すことを通じて「人に伝えること」ということを真摯にとらえて考える内容ですごく参考になります。「何を言ってるのかわからない」と言われたことのある人にはぜひおすすめ!